ヘヴンリーデイズ

「死になさい」

開口一番死ねと。その言葉にすら歓喜に心震わせる僕は変態なのだろうか。

でもさ、医療に携わる者がそんな事言っちゃダメだと思うんだよね。

どんな奴にだって生きる権利はあるものさ。

「貴方に生きる権利なんてあるの?」

あー、ないかも。

本当に嫌な存在だと思うよ僕は。

なんて考えていたら、彼女は遊びに来た僕を玄関先に放置して奥へ引っ込んでしまった。

どうやら挨拶代わりに抱きしめたのが気に障ったらしい。ちょっとだけだったのに。

でも僕は勝手に中に上がり込んだりはしない。

あくまでも彼女に「招き入れて」貰う。

「ねー、紀雪」

「きゆききゆききゆきー、」

反応はない。うるさくする作戦は失敗のようだ。

仕方ないから、取っておきの切り札を使う事にした。

「紀雪、僕が抱きついたから怒ってるの?」

「ごめんね、嬉しくてつい…。でも紀雪怒らせちゃったし、今日は帰るよ」

思い切りしょぼくれた声で呟いて、反応を待つ。

「…もういいから入りなさい」

案の定、紀雪は折れてくれた。

バカじゃないの、と見下す彼女の顔も可愛く思える僕はもしかしたらマゾかもしれない。

嬉しくて、幸せで、我慢できなくて笑っていたら彼女はその笑いを別の意味で受け取ってしまったみたいだ。

「何ニヤニヤしてるのよ。気持ち悪い」

「そんなんじゃないよ、ただ紀雪といられるのが嬉しくて」

「ふうん、そう。そんなに私が好きなの」

「うん!大好き!」

「なら私に何されても文句は言わないわよね」

「もちろん、紀雪になら殺されたっていいし、」

「そう…じゃあ、今から証明して見せてよね」

ん?今から?どういう事?

…なんだか手足に違和感を感じる。

咄嗟に紀雪を見れば彼女は僕に出してくれた紅茶のカップを持って微笑んでいる。

その意地悪い、とっても綺麗な笑顔に見とれているうちに違和感は明らかな痺れになっていて、僕の自由は紀雪のモノになってしまった。

紀雪が僕をソファに押し倒して、嬉しそうに上に乗ってきた。

「ちょ、紀雪見えちゃう見えちゃう。谷間見えちゃう」

「見なきゃいいでしょ」

そんな事は当然無理なのだけれど、彼女は特に気にした様子もなく僕のネクタイを解いて、シャツのボタンを外し始める。

「やだっ紀雪ったら積極的ー」

途端に紀雪の表情が心底不快そうに歪んだ。

その美しさに見入っていたら軽く頬を抓られた。

「どうしてそんなに余裕なの」

「どうしてって…だって紀雪だし」

「意味が分からないわ」

「紀雪になら何されたって嬉しいって事。さっきも言ったでしょ?」

「情けないわね」

「…そう?僕、情けない?」

「……」

紀雪が気まずそうに黙り込む。

きっと今の僕は相当悲しそうな顔をしている。

実際は悲しくも何ともない僕は未だ気まずそうなままの紀雪にとびきりの笑顔を向けた。

もう満足したでしょ?…そろそろ、形勢逆転だよ。

「よっこいしょういち…っと」

紀雪は全く油断しきっていたから、互いの位置を反転させるのは簡単だった。

本来なら僕は紀雪が紅茶に仕込んだもので動けないんだから、油断するのは当然だ。

「なん…で、身体…」

「実は識さんは耐性を獲得していたのでしたー」

紀雪は誉めてくれなかったけど、気を取り直して額に軽くキスする。

「…1回だけよ」

「わかってるよ」

「わかってないから言ってるの」

他人の言う事に従う気は更々ないけれど、紀雪の言う事は聴いてあげたくなるから困る。

愛しくて仕方ない気持ちを抑えつつ、僕は紀雪に口付けた。