うたえうたえ

よく晴れた午前10時。戸外では心地よい風が吹いている。

こんな日の彼は、いつもより少しご機嫌だ。

アリアクロードは慣れた調子でアルベルティの元へ向かう。

彼に近づくにつれて鮮明に聞こえだした歌声が、彼の機嫌が予想通りである事を教えてくれた。

「・・・クロードはそんなにアルが好きですか」

アルベルティは相手を確認する事もせずに呟いた。

「ああ。また歌を聴かせて貰えないだろうか」

傲慢な台詞の否定を予想していたアルベルティは僅かに目元を染めて相手を見上げた。

「クロードは正直だから歌ってやるです。もちろんお代は頂くですよ」

「・・・肩揉み、か?」

「違うです。今日はアルが飽きるまでアルとお話するのがお代です」

「わかった」

頷くアリアクロードに、アルベルティは安心したように表情を緩める。

二人で木陰へ移動して、大きな木の幹を背もたれに座り込んだ。



一通り歌い終えたアルベルティの頭を、アリアクロードの大きな手がそっと撫でた。

「ティの声は本当に天使のようだな」

臆面もなく言い放つアリアクロードとは対照的に、アルベルティは顔を真っ赤にして狼狽えた。

「アルは天使なんかじゃないです!」

アリアクロードは頭に置かれている手を払い退けてしまわない程度に手足をばたつかせるアルベルティを見下ろして微笑した。

「ティの歌は綺麗だ。何度でも聴きたくなる」

「・・・アルは運が良かっただけです」

唐突に力無く俯いてしまったアルベルティを、アリアクロードは内心戸惑いながら、しかしそれを表情に出す事はせず静かに眺めた。

ふとある疑問が生じる。

運の悪かった者はどうなるのだろうか。

その時、アリアクロードの心の内を読んだかのようにアルベルティが口を開く。

「歌えないカストラートがどうなるか知ってるですか?」

知らない、と首を振れば、アルベルティは酷薄とも取れる笑みを浮かべた。

「じゃあ、もしクロードがアルみたいな声で、歌が下手だったらどうなると思うですか?」

「ティの声にこの姿・・・笑う者もいるんだろうな」

「正解です。大人の身体に子供の声・・・一生笑われて生きるです。でも、手術で死ぬ子はもっと可哀想です」

「そんな不幸な子供を生み出すのなら、何故」

「何故?お金持ちの為です。お腹いっぱい服もいっぱい、綺麗な絵も見飽きたバカ共は耳まで気持ちよくなりたがるです」

他者の快楽の為だけに存在している自分にこんな態度を取られて腹が立たないのか。

アルベルティはいつもの「試す目」でアリアクロードに問いかけた。

問われたアリアクロードは、言葉の変わりにアルベルティを抱きしめる。

「な、何するですか」

「ティが生きてて良かった」

クロードの声は自分なんかのそれよりよっぽど響く、と、アルベルティは思った。

動揺して動けない身体が、嬉しさを隠そうと必死に取り繕う。

「本当はアルに気安く触ると怒られるですよ!でもクロードは特別だからお昼を一緒に食べるだけで許してやるです」

「ありがとう」

柔らかな対応と微笑みの前では、最早虚勢は意味を成さなかった。

自らアリアクロードの腕の中へすっぽり収まって、最後の強がりを吐き出す。

「クロード、変な奴です。・・・でも、あったかいです。すごく」

「そうか、よかった」

悉く調子を乱される。

アリアクロードはアルベルティにとって初めて会う、理解のできない、それでいて安心できる存在だった。

信じて裏切られる事を恐れながら、信じていいかと訪ねて拒否される事をも恐れてしまう。

分かっている筈なのに彼の優しさに縋りたくなる。

だからせめて、アルベルティはアリアクロードの情報を求める。

「そういえばアルはクロードの事、全然知らないです」

「そうだったか、私の名前はアリア・・・」

「それくらいは知ってるです!アルが質問するからそれに答えるです!」

「わかった」

「じゃあ、まず1つめ!クロードのおうちはどこですか?」

アリアクロードは幼い声で怒鳴る少年の質問に答えるべく、笑みを零しながら口を開いた。





10.7.8